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佐賀地方裁判所唐津支部 昭和44年(ワ)64号 判決 1971年2月12日

昭和四四年(ワ)第六四号事件原告

中村嘉一郎

ほか一名

昭和四五年(ワ)第一一号事件原告

牧原幸之助

ほか一名

昭和四四年(ワ)第六四号事件被告

唐津実業株式会社

昭和四五年(ワ)一一号事件被告

田中幸三郎

ほか一名

主文

被告唐津実業株式会社は原告等各自に対し八五万八、七〇四円及びこれに対する昭和四三年一〇月一〇日以降完済迄年五分の割合による金員を、被告幸三郎、同タキ子各自は原告幸之助、同千鶴子各自に対し四二万九、三五二円及びこれに対する前同日以降完済迄前同割合による金員を夫々支払え。

原告等その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告等の連帯負担とし、その余は被告等の連帯負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮にこれを執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告唐津実業株式会社は原告等各自に対し四〇二万円、及びこれに対する昭和四三年一〇月一〇日以降完済迄年五分の割合による金員を、被告幸三郎、同タキ子各自は原告幸之助、同千鶴子各自に対し二〇一万円、及びこれに対する前同日以降完済に至る迄前同割合による金員を夫々支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決、及び仮執行の宣言を求め、

請求の原因として、

一、訴外亡田中繁子は昭和四三年一〇月九日午後一時一〇分頃普通貨物自動車を運転し、佐賀県東松浦郡呼子町大字呼子一、九五五番地先臨海道路上に至つた際、運転を誤り自動車もろとも海中に転落し、同人及び同乗中の中村栄子(昭和二五年八月一二日生)、牧原洋子(同年同月二日生)が溺死した。

二、右は繁子がハンドル、ブレーキの操作を過つた過失にもとづくものであり、同人は民法第七〇九条により右洋子が右事故によつて蒙つた損害を賠償する責任があるところ、被告幸三郎、同タキ子は繁子の父母であり、同人を相続し右損害賠償義務を各二分の一宛承継したものである。

三1  右自動車は被告会社の所有であるが、被告会社はこれを自己の監査役であると共に実力者であり、且つ、訴外舞鶴商事株式会社の代表取締役である被告幸三郎の自由な使用に委ね、被告幸三郎はこれを自宅筋向いにある右訴外会社の車庫に格納し、自己の私用その他の用に自由に使用しており、繁子は被告幸三郎の了解のもとにこれを通学用その他の用に自由に乗廻しており、被告会社も亦繁子の右使用を認めていた。

2  よつて、本件事故につき被告会社は右車の運行供用者として損害賠償の責任を免れないものである。

四、前記栄子、洋子は右事故によつて次のとおり損害を蒙つた。

1  栄子は当時佐賀県立唐津商業高等学校三年在学中で卒業後は経理関係の事務職に就職予定であり、前記洋子は、当時福岡市所在中村女子高等学校三年在学中であつて卒業後は管理事務職に就職の予定であり、両名共身体健全であつて満一九才以降五五才迄は就労可能であつた筈であるが、労働省労働統計調査部一九六九年編の労働統計要覧によれば高校卒業の女子で管理事務に従事する者の賃金は別表第一のとおりであるから、右両名もこれに従い、その生活費として毎月一万二、〇〇〇円を差し引き、その満一八才になつた時を現在として、ホフマン式により中間利息を控除し逸失利益の総額を集計すると、各五〇四万円となる。

2  右両名の慰藉料は各人につき二〇〇万円が相当である。

五、原告嘉一郎、同九女は栄子の、原告幸之助、同千鶴子は洋子の夫々父母であり、夫々栄子、洋子の相続人であり、右両名の前記損害賠償請求の各半額三五二万円を承継取得したものであるが強制保険より栄子、洋子につき各三〇〇万円の支払を受けておるので、原告各自につき一五〇万円を充当し、各二〇二万円の請求権を有している。

六、原告等がその子の死によつて受けた精神的苦痛に対する慰藉料は各自につき二〇〇万円が相当である。

七、よつて、原告等各自は被告会社に対し四〇二万円、及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四三年一〇月一〇日以降完済迄民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金、原告幸之助、同千鶴子各自は被告幸三郎、同タキ子各自に対し二〇一万円、及びこれに対する前同日以降完済迄前同割合の遅延損害金の支払を求めるために本訴に及ぶ次第である。

と陳述し、

被告の抗弁事実中、繁子、栄子、洋子が事故当日学校を無断欠席し、繁子が本件事故車に他の二人を無償同乗させ遊び廻つていたものであること、繁子が満一八才になつて免許をとつたばかりであること、これを栄子、洋子が知つていたこと、原告等が唐津市交通災害共済から被告主張の金員を受取つたことを認める。その余の事実を否認する。右金員は本件事故による損害賠償として受取つたものではないと述べた。〔証拠関係略〕

被告等訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決、及び昭和四四年(ワ)第六四号事件につき敗訴の場合仮執行免脱宣言を求め、

答弁として、請求原因第一項の事実、同第二項中被告幸三郎、同タキ子が繁子の父母でその権利義務を承継した事実、同第三項中本件自動車が被告会社の所有であり、被告幸三郎は被告会社の監査役であると共に、訴外舞鶴商事株式会社の代表取締役であるところ、本件自動車をかねて自宅筋向いにある同訴外会社車庫に格納していた事実、繁子がかつてこれを乗廻したことがある事実、同第四項中栄子、洋子が当時原告等主張の学校の三年生であつた事実、同第五項中原告等が夫々右両名の父母でその権利を承継取得し、右両名の死亡により強制保険から原告等主張の金員の支払を受けた事実はいずれもこれを認める。同第四項中栄子、洋子の卒業後の就職予定の点は知らない。その余の原告等主張事実を否認すると述べ、なお、繁子は本件以前に、被告幸三郎及び被告会社に無断で本件自動車を持出して運転したことがあつたので、被告幸三郎は繁子にこれを禁止警告していたが、同人はこれをきかず、再度無断乗り出して本件事故を惹起したものであるから、被告会社は本件事故の際右自動車の運行供用者の地位にはなく、本件賠償責任を負わないものである。又、原告等主張の逸失利益は過大である。即ち人口動態統計によれば、昭和三八年の初婚平均年令は女子については二四・五才であることが明らかで、結婚後女子は家庭に入るのが普通であるから、栄子、洋子についても少くとも二五才以降五五才までの間は主婦として家事労働に従事するものとして逸失利益を算出するのが最も蓋然性が大である。而して、その場合の労働評価額は昭和四二年労働統計年報による従業員二九人以下の事業場における女子平均賃金月額二万二、〇〇〇円として算定し、生活費については未婚、既婚時を通じて収入の半額とみるのが夫々相当であると附陳し、

抗弁として、仮に、被告会社が運行供用者に該当するとしても、

一、栄子、洋子は繁子と共に本件事故の際、事故車の共同の運行供用者の地位にあつたのであり、自動車損害賠償保障法第三条の他人ではない。即ち、右三名は事故当日朝から学校を無断欠席して自動車を運転して方々を遊び廻ることを話し合い、繁子において運転を担当したものであるから、栄子、洋子は単なる同乗車でなく、三名が運行を支配し、その利益を亭受していたものである。よつて、栄子、洋子は被告会社に対して同法に基づいて損害の賠償を請求することはできない。

二、仮に右主張が理由がないとしても、

本件において、栄子、洋子は繁子の運転する車に無償で同乗したものであるが、更に次の事情がある。即ら、

1  右同乗の目的は前述の如く学校を無断欠席して遊び廻ることにあつた。

2  従つて、仮に、繁子がその父等の車の権利者から日常車の使用を許されていたとしても、本件ドライブはその者等の意に反するものであり、又栄子、洋子においてこのことを認識していた筈である。

3  繁子は満一八才になつて免許をとつたばかりで、まだ運転技術が未熟であつたところ、栄子、洋子はこれらのことを知つており、各自己の親から繁子の車に同乗するのは危険である旨警告を受けていた。

かかる場合には被告会社及び繁子には賠償責任がない。

三、仮に前項の法律上の主張が理由がないとしても、右事実の存する以上過失相殺の規定を類推して賠償額の算定にこれを斟酌すべきである。

四、原告嘉一郎、同九女は栄子の死亡により五〇万円を、原告幸之助、同千鶴子は洋子の死亡により同額を夫々唐津市交通災害共済から受領しているので、これを損害額から控除すべきである。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

請求原因第一項の事実、及び原告幸之助、同千鶴子が洋子の、被告幸三郎、同タキ子が繁子の夫々父母で、夫々洋子、繁子の権利義務を相続によつて承継したことは当事者間に争いがない。右事実によれば、繁子は洋子に対してその死亡によつて蒙つた損害を賠償する義務を負担し、その義務は直ちに繁子の死亡を原因とする相続によつて被告幸三郎、同タキ子に移転したものというべきであり、特段の事由なき限り、右両被告は洋子が死亡によつて蒙つた損害につき半分宛右原告両名に賠償する責任がある。

請求原因第三項中、本件自動車が被告会社の所有であること、被告幸三郎は被告会社の監査役であると共に、訴外舞鶴商事株式会社の代表取締役であるところ、本件自動車をかねて自宅の筋向にある同訴外会社車庫に格納していたこと、繁子がかつてこれを乗廻したことがあることはいずれも当事者間に争いなく、〔証拠略〕を綜合すると同項中その余の事実も全部これを認めることができる。被告幸三郎の供述中右認定に反する部分は措信しない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみると、特段の事由なき限り、被告会社は本件事故につき自動車損害賠償保障法の運行供用者責任を負担しなければならない。

そこで、被告の抗弁一について判断する。繁子、栄子、洋子の三名が事故当日学校を無断欠席し、繁子が本件事故車に他の二名を無償同乗させて遊び廻つていたことは当事者間に争いがなく、右ドライブによつて栄子、洋子が或る程度の運行利益を亨けていたことは右事実によつて明らかであるが、右両名が更に右の程度を超えて、独自の運行利益を亭受し、又、車の運行をも支配していた旨の主張についてはこれを認めるに足る証拠なく、結局、右両名が繁子と共同運行供用者の地位にあつたものと認めることができないから、抗弁の一は採用に由ない。

そこで抗弁の二について考える。繁子が満一八才になつて免許をとつたばかりであること、栄子、洋子がこれを知つていたことは当事者間に争いなく、洋子がその父から繁子の車に同乗することは危険だからこれをしないように注意を受けていたことは、〔証拠略〕によつて明らかである。然し、栄子がその父から同様の警告を受けていたこと、繁子が事故を未然に防止するために、車の運転を差し控えなければならない程技術が未熟であつたことを認めるに足る証拠は存しない。ところで、学校を無断欠席してドライブすることが繁子の父の意思に反するものであること、そのことを栄子、洋子が知悉していた筈であることは経験則によつて容易に推認しうるところである。然し、本件自動車の所有者である被告会社は、被告幸三郎に私用を含めて右車の自由な使用を許していたこと、繁子は被告幸三郎の了解のもとに通学用その他の用に自由にこれを乗用していたこと、被告会社は被告幸三郎が繁子に右の如き使用を許していることを認めていたことは、いずれも先に認定したとおりであるから、本件ドライブの目的、これに対する被告幸三郎の意向が前述の如くであり、栄子、洋子が同被告の右の意向を知つていたとしても、そのことから右両名の被告会社、乃至繁子に対する損害賠償請求権を否定すべきものとはなしえないし、その他前認定の事実を併せ考えても抗弁二の主張は採用できない。

そこで損害額について判断する。

逸失利益について、栄子が昭和二五年八月一二日生で死亡当時佐賀県立唐津商業高等学校三年生であつたこと、洋子が同年同月二日生で死亡当時福岡市所在の中村女子高等学校三年生であつたことはいずれも当事者間に争いなく、〔証拠略〕によれば、栄子は被告嘉一郎、同九女の二女で、身体健全で明朗な女子であり、二六才の姉があり、同女も亦前記唐津商業高等学校卒業後経理事務所に勤めた後、現在福岡市所在某プロダクシヨン事務所の経理関係事務員であり、栄子も卒業後同方向に就職を希望していたこと、洋子は貸店舗業兼宝石商を営む被告幸之助、同千鶴子の長女で健康状況は普通の明朗な女子であり、卒業後は事務関係の就職を希望していたことを認めることができる。右認定に反する証拠はない。そうすると、特段の事由の認められない本件では、栄子、洋子はなおその平均余命である五六・七八年間(七四・七八才に達する迄の間。第一二回生命表による。)生存し、その間少くとも満一九才以後事務関係の職業に就職し、二五才をもつて結婚し(昭和四一年度人口動態統計によれば同年の妻の初婚平均年令は二四・五才である。)、同時に退職して主婦となり、満五五才までは家事労働に従事するとみるのが相当である。

そこで、結婚迄就職しており、結婚により退職して家事労働に従事する主婦の逸失利益について考える。家計の増収を図るため、婦人が結婚後も退職することなく共稼ぎを続け、よつて、夫婦共に家事を担当しない場合には、直接家政婦等を雇傭する形で、又は洗濯は凡てクリーニング屋を、食事は凡て食堂等を夫々利用する等の形で生活全般に亘つて間接に、夫々他人の労働を購入することにより、全産業女子平均賃金程度を家計から増加支出しなければならない。主婦が結婚後退職して家事に従事することの意味は、経済的見地に限つてみれば、先ず、右の増加支出の節約を目的としているものとみることができるが、結婚後も従前の勤務を続けることに、さ程の困難がなく、少くとも、結婚退職後全産業女子平均賃金程度の収入をあげうる他の職場に再就職することが極めて容易な現今の社会情勢の下では、単に消極的に家計の増加支出を節約するに止まるのではなく(結婚の後にも前にも就職の意思のない婦人が結婚後家事に従事し、その家事労働によつて家計の支出の増加を節約するのと異なる。)、家庭外で稼いで収益をあげつつ家事を他人に任せて多く支出することと、家庭外の仕事をやめて収入を減ずると共に家事に専念して支出を減じることが結局同一の結果に帰するところから、その両者を同一視し、家庭外で働くことと同一の経済的効果をあげていることを意識し、それを目的として家事に専念しているのが現時の実情であると考えることができる。かかる実情の下では女子の家事労働は家事労働一般の労賃に等しい収益を稼ぎつつ、同時に全額を消費しつつあるものと考え、積極的収益をあげているものとみなすのが相当であり、他人の不法行為によつて死亡した主婦は、その死亡によつて抽象的な労働能力を喪失するに過ぎないのではなく、右の意味で得べかりし利益を喪失したものというべく、その額は全産業女子労働者の平均賃金に等しいものと考えるのが相当である。

而して、労働大臣官房労働統計調査部第二〇回労働統計年報及び同部編一九六九年度統計要覧によれば高校卒業の学歴をもつ事務職員は一九才で平均給与月額一万八、九〇〇円、平均年間特別給与一万七、五〇〇円、二〇才乃至二四才で平均給与月額二万二、四〇〇円、平均年間特別給与六万三、〇〇〇円を支給されており、全産業女子労働者の平均給与月額は二万一、七〇〇円、平均年間特別給与四万九、七〇〇円(前記年報一三六頁)であることが明らかであるから、栄子、洋子も一九才から五五才迄右の基準による収入を得たものと推認することができ、その間の生活費は平均して収入の五割と認めるのが相当であり、これを基にし純収益を算定し、ホフマン式計算法により民事法定利率である年五分の割合による中間利息を控除すると(別表第二のとおり)、右両名の逸失利益の現価は各三一一万七、四〇八円となる。

慰藉料について。栄子、洋子は繁子の運転する車に無償で同乗し、共にドライブを楽しんでいる際、本件事故に遭遇したもので、繁子の不注意を強くは責めえない立場にあるから、この点を考慮して慰藉料を算定すべきである。そうすると、栄子、洋子の受けるべき慰藉料は各四〇万円、原告等の受けるべきそれは各六〇万円をもつて相当と認める。

ところで、被告等は本件の無償同乗の事情は逸失利益の算定においてもこれを斟酌すべき旨主張しているが、これを採用することはできない。

そうすると、栄子、洋子の損害額は合計三五一万七、四〇八円となり、その両親たる原告等は各その半分一七五万八、七〇四円宛その請求権を相続によつて承継したところ、自賠責強制保険より各一五〇万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがないから、その差額二五万八、七〇四円と個有の慰藉料各六〇万円との合計八五万八、七〇四円の請求権ありということになる。被告等は原告が受領したことを自白している唐津市交通災害共済より支給された五〇万円を右金額から控除すべき旨主張しているが、右給付は被害者の蒙つた損害の填補を目的とするものでないことが当地方に公知の事実であり、右主張は採用できない。

そうすると、原告等の請求は、各自において被告会社に対して八五万八、七〇四円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四三年一〇月一〇日以降完済迄民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金を、原告幸之助、同千鶴子各自において被告幸三郎、同タキ子各自に対し被告会社と不真正連帯債務の関係に立つものとして、四二万九、三五二円及びこれに対する前同日以降完済迄前同割合の遅延損害金の支払を求める部分はこれを正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、民事訴訟法九二条、九三条、一九六条に則り主文のとおり判決する。(仮執行免脱宣言はこれをつけない。)

(裁判官 岡田安雄)

別表第一

<省略>

別表第二

<省略>

以上

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